Beef or Chicken

離婚してよかった!  

前妻の育った環境は最悪だった

ここからは離婚した妻のことを「前妻」とします。

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前妻は両親と兄との4人家族でした。

父親は世の中お金が全てと考える人。

そこそこの会社での3交代勤務。

あの世代の人だから年功序列で給料はそれなりに貰っていただろうが家族で遊びに行ったことは1度もなかったようです。

全部貯金してたんでしょうか。

テレビはNHKしか見ない、いわゆる堅物という感じです。

酒を飲んでも仕事の話ししか話題がなかったのを記憶しています。

母親も精神疾患。

病気はしかたがない(のちに自分もかかる)

統合失調症で何度も精神科に入院していた。

結婚後にわかったことです。

いや、家族のことを知ろうとせずに結婚を決めた俺が悪いと思っています。

神経の病気は遺伝かどうかわかりませんが前妻も精神疾患、母親も精神疾患だったということです。

これを前妻は隠していました。

兄は内弁慶。

兄がいたのだが両親の近所に1人暮らし。

夜になると両親の家に来ては自分の鬱憤晴らしに親に当たり散らす。

俺もたまに前妻の家に泊まりに行っていたのだがそういう日は両親が強く「今日は来るな」と言っていたと言う。

妹(前妻)と俺との結婚式にさえ顔を出さなかった。

しかしある日バッティングしました。

当然俺は下手に出ます。

偉そうに振る舞う義兄の話しを「そうですか、そうですか」と聞いていました。

やはり親戚になるのでこちらもうまく付き合って行こうと思っていたのです。

別の部屋にいても義兄は両親に暴言吐いているのが聞こえます。

父親も母親も何も言い返さない。

聞くと「暴れるのが怖いから」と言うことでした。

義兄は「なんだアイツ(俺)は全然平気じゃねーか」とでも思ったのでしょう。

俺が泊まりに行く日も夜になると普通に両親の家に来て同じように両親に当たり散らします。

あの家族はそれが普通になっていたのでしょうけれども俺はいつも許せないでいました。

まだ若くて血の気が多かった俺は

「お前いつもいつも何粋がってんだ!」

「自分の親に何威張ってんだ!」

「ちょっと表出ろ!」

胸倉をつかんで取っ組み合いのケンカになりそうなことがありました。

その時母親が

「ごめんなさい、ごめんなさい」

「いいんです。そっとしておいてください」

ものすごい力で俺を引きはがしました。

それ以降泊まりに行っても義兄は来ることなかったし顔を見たこともありません。

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